いよいよ明日4/21は、テクノフロンティア最終日 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 4月 20, 2017 いよいよ明日4/21は、テクノフロンティア最終日。私もブースにおりますのでぜひ気軽に声をかけてください。ブース番号は4B-12です! http://www.originalmind.co.jp/event/2017/03/tf2017.php リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
それって感想ですよね?と問う時代の盲点 12月 09, 2025 「それってあなたの感想ですよね?」という言葉を耳にするたび、胸の奥に小さな違和感が生まれます。なぜこの一言がここまで引っかかるのかを考えてみると、単に議論を止められたというだけではなく、自分の「世界の受け取り方」そのものが切り捨てられたように感じてしまうからです。 このフレーズは、ひろゆき(西村博之)氏がネット上の議論で使った挑発的な物言いとして広まり、「論破」文化とともに若者の間で強い人気を得ていると言われます。論理のほころびを突くには便利な言い回しですし、相手を言い負かす快感を求める人にとっては非常に使いやすい表現なのだと思います。しかし私は、この言葉の背後に、現代社会の認識の偏りが透けて見えるように感じています。 多くの人は、世界を「定義」や「事実」によって理解しようとします。そしてそこから外れたものを主観として退け、主観はあたかも「誤り」や「劣っているもの」であるかのように扱われます。しかし、いわゆる客観と呼ばれているものの多くは、実は大多数の主観が積み重なって生まれた共通認識にすぎません。本来そこに上下関係はないはずです。 私は、ものごとをまず「感じ」として受け取るタイプの人間です。世界は、感性が動くときに立ち上がると考えています。理性は秩序を記述する働きですが、感性は秩序そのものを生み出す働きです。だから主観とは、単なる私的な思い込みではなく、「世界への入口」のようなものだと感じています。 もちろん、私は理性による理解を否定したいわけではありません。理性は社会を支える大切な力です。ただ、世界を捉える方式は一つではないということを忘れたくありません。私が「それってあなたの感想ですよね?」という言葉に反応してしまうのは、主観を切り捨てる態度が、そのまま世界の豊かさを切り捨てる態度と重なって見えるからです。 私のように感性を通して世界を捉える人間にとって、感想とは単なる感情表現ではなく、関係性を感じ取り、新しい意味を発見するための大切な出発点です。それを「議論の弱点」のように扱われると、どうしても居心地の悪さを覚えます。世界は定義やデータだけで成立しているのではなく、人が感じることで立ち上がってくる側面も確かに存在するからです。 主観は弱さではありませんし、感性は曖昧さでもありません。世界を生成させる側にある力です。私はこれからも、その力を大切にしながら世界と... 続きを読む
矢内さんの氷専用旋盤 10月 26, 2015 矢内さま の取材記事の続きです。これは矢内さんが作った氷専用旋盤です。木工旋盤と同じように手で刃物を動かすタイプです。主軸には三木プーリの変速機ユニットが使われていました。芯間は1メートルぐらいあり、ベッド上振りも大きいので、かなり大きなものをつくることができます。 続きを読む
ネパールの政変とカーク銃撃に見る、物質主義の限界 10月 07, 2025 先日、ネパールで、政権に対する大規模な反政府デモが起きました。アメリカでは、チャーリー・カークが講演のさなかに銃撃され、命を落としたといいます。どちらも日本ではあまり報道されていないようですが、歴史の大きな転換点を感じさせる重大な出来事のように感じます。そして、この二つの出来事は、一見無関係のように見えますが、私には共通の流れがある気がします。 この世界を長く支えてきたのは、理性主義や物質主義の世界観です。人と人、国家と個人、支配者と被支配者というように、あらゆるものの境界を明瞭に切り分け、その上に法律や組織、経済の仕組みを作り、効率と利益の論理で世界を動かそうとしてきました。宇宙や自然、生命という奇跡としか言いようのない神秘神聖なるものをも物質と同列に扱い、世界を管理対象かのように見る態度です。ちょっと乱暴な見方をしてしまっているかもしれませんが、そう感じるのです。 ネパールの動きには、外部の資金や情報が関わっているという話もあります。でも私には、それ以上に、支配の仕組みが寿命を迎えつつあるのではないかと思うのです。乾いた計算から生まれる理性だけでは、人の心はもう動きません。その奥にある「共感」や「つながり」への渇望が、世界を少しずつ動かしているのかもしれません。 カークは、聖書や歴史を手がかりに、学生たちと真正面から向き合ってきたそうです。誰かを打ち負かすためではなく、人が誠実に生きるとは何かを探りながらです。その声は、物質主義の世界が理解できない領域「人は一つの大きなものと繋がっている」という感覚を呼び起こしていたように思います。彼が銃撃されたという事実は、支配する側が「正しく見えてしまう理性のからくり」からの目覚めを恐れている証なのかもしれません。 理性は社会を支えるためには欠かせない道具です。しかし、それだけを絶対視した世界は、いつか必ず、人の奥深い部分と衝突します。その衝突が、いま世界のあちこちで起きているのではないでしょうか。 支配する側は焦りを感じているのでしょう。だからこうした事件が起きるのだと思うのですが、皮肉なことにそれらが繰り返されることで、このシステムは、自ら崩壊するスピードを加速していくように見えます。夜明けは、もうすぐそこまで近づいているのではないでしょうか。 続きを読む
日本の強さはこれから輝きを増す 12月 07, 2025 日本はこの30年間、停滞の象徴のように語られてきました。しかし私は、それは日本に力がなかったからではなく、国際政治の力学の中で「力を発揮することが許されなかった」からだと捉えています。アメリカが主導する国際秩序の下で、日本は大きく表舞台に立とうとすると叩かれた。TRONの排除、プラザ合意、バブル崩壊。そのいずれも、日本が世界の中心に近づきすぎたときに起こっています。 つまり日本は、本来「新しいものを生み出す力」を持っていたにも関わらず、それを前面に出せなかった。そこで日本が選んだのは、表の競争ではなく、目立たない領域で世界を支えるという道でした。素材、部品、精密加工、計測機器、医療機器、工作機械。どれも表からは見えないけれど、これがなければ世界の産業は一歩も進めない。日本は縁の下で世界を支え続けてきたのです。 では、なぜこれからはその静かな力が表に現れてくるのか。理由は大きく4つあります。 第一に、世界が「情報の時代」から「実体の時代」へ回帰しはじめていることです。ITや金融は華やかですが、AIによって大量の仕事が代替され、儲かる企業は増えても雇用は増えません。観光は国際情勢で一瞬にして止まる。しかし、エネルギー、食料、インフラ、製造、物流といった「リアル」を支える仕事は、AI時代ほど価値が増す。人が生きる以上、物は必要であり、機械は動き続けなければならない。日本はまさにその「リアル」の技術を積み重ねてきた国です。 第二に、地政学的な分断が「信頼できる国」を求めるようになったことです。中国一極依存の時代は終わり、企業はサプライチェーンを分散せざるを得ません。そのとき必要とされるのは、品質、安定供給、誠実さ、透明性、契約遵守。これらをすべて満たす国は、実は日本しかありません。日本の素材・部品が止まれば世界が止まる。その事実がこれからより鮮明になるでしょう。 第三に、AI時代は「数値化できない価値」が問われる時代になることです。AIは合理性の領域をすべて奪うでしょう。しかし、音、手触り、揺れ、質感、違和感のなさ、美しさ。こうした「見えない品質」は、日本人の感性に深く根ざした領域です。世界が合理だけで進めなくなるほど、「感じの良さ」をつくれる国が強くなる。これは日本の土壌そのものです。 第四に、世界が派手な覇権より「目立たない安定」を求め始めているからです。政治的にも経済... 続きを読む
突き動かされている感覚 1月 04, 2024 仕事をしているとき、「何かに突き動かされているような感覚」を味わうことがある。自分の意志で仕事をしているというよりは、何かに突き動かされているような感覚。この感覚は一体何なのか。改めて考えてみると、心の奥底に「共感」というものがあるような気がする。 会社を始めてから26年以上が経つ。その中で利益を最優先に考えていた時期があった。社員を初めて採用した頃だ。もし事業がうまくいかなくなった場合、私一人の会社なら困るのは自分だけだが、社員を雇っていると他人に迷惑をかけてしまう。そのプレッシャーが私を利益重視にしていった。 利益ばかりを追求していると、一時的にはうまくいっても長期的にはうまくいかない。利己的になってしまい、ステークホルダーを大切にしないからだ。それに、利益のためだけに仕事をするというのは、私の場合、あまりモチベーションは高まらないようだ。 そこで次に考えたことは、利他の精神を持つということ。これは無論素晴らしいことではあるのだが、私はうまくいかなかった。心のどこかで「やってあげている」というような恩着せがましい気持ちとか、「損をした」というような自己犠牲の気持ちが生まれてしまうからだと思う。 では、どうしてきたのかというと、自分の心の中に沸き起こる「ワクワク」に素直に従ってきただけだ。一見、利己的に思えるかも知れないが、それとはちょっと違う。ワクワクというのは、ふだんの生活の中で、お客さんとか社会の雰囲気を何となく感じており、それと自分の興味が一致したとき起こるものだと思う。だからワクワクに従うことは、自然と自分にとってもお客さんにとっても社会にとってもプラスになることが多いのだ。 つまり私にとってのワクワクは、お客さんや社会との共感から生まれるものであり、その気持ちに素直に従って仕事をすると「突き動かされているような感覚」になる。その感覚で仕事をしているとき、お客さんと自分との境界線や、仕事とプライベートとの境界線は消える。あらゆる境界線がないので、それは宇宙の意志そのものであり、だからこそ「突き動かされているような感覚」になるのだと思う。 宇宙の意志というと大げさな感じがしてしまうのだが、私たちは「宇宙の子」なのだ。宇宙が銀河を生み、銀河が太陽系を生み、太陽系が地球を生み、地球が私たち人類を生んだ。だから、私たち一人ひとりは宇宙の子であり、宇宙の意志が働い... 続きを読む