ヒューマノイド時代と人間の感性
ヒューマノイドロボットに関するニュースが、ここ最近とくに増えてきました。中国やアメリカでは実用化に向けた動きが加速し、日本でもロボット開発を本格化させる企業が増えています。技術の進歩と人手不足が重なり、「人型ロボットが実際に働く」未来が現実味を帯びてきたと感じます。
ただ、この流れを単純に「機械が人間の仕事を奪う」とだけ捉えるのは、少し違うと思います。むしろ技術が進化すればするほど、人間の感性そのものが価値の中心に浮かび上がる時代がやってくると考えています。
実際、アメリカで会計士から配管工へ転職し、給与が3倍になったという記事はとても象徴的でした。配管工という仕事は単純作業ではなく、現場で判断し、調整し、最適な方法をその場で見つける力が求められます。これは単なる技術ではなく、状況全体を読み取り、微妙な違和感を察知し、手を動かしながら正解を探す「感性の仕事」です。高度なAIやヒューマノイドでも、こうした領域にはなかなか踏み込めないのだろうと感じます。
米国、会計士から配管工で給与3倍の幸福度 「AIで雇用創出は望み薄」
AIは膨大なデータを処理でき、驚くほど正確になっていますが、「感じ取る力」「場を読む力」「判断の質」は、人間がまだ大きく優位です。そして技術が進むほど、こうした感性的な力の重要性が逆に際立ってくるように思います。機械が得意なのは要素の分解と計算ですが、人間が本当に強いのは、状況を丸ごとつかみ取ることだからです。
今後、単純作業は確実にロボットに置き換わっていきます。しかし、それによって人間の役割が減るのではなく、人間が担う領域がより「人間らしい仕事」に集約されていくと考えたほうが自然です。創造、判断、調整、配慮、手ざわり、そして「違和感に気づく力」。こうした感性的な能力は、技術が進歩するほど価値を増すと思います。
私たちのものづくりの仕事も、同じ構造の中にあります。加工や組み立ての一部は自動化されるでしょうが、最適な条件を見極めること、素材のクセを感じ取ること、仕上がりの美しさを整えることには、必ず人間の感性が関与します。技術だけでは届かない領域が確かに存在しています。
ヒューマノイドの時代は、技術が人間を置き換える時代ではありません。技術が進むことで、人間の感性の価値がいっそう明確になる時代です。
これから求められるのは、技術を拒むことでも盲信することでもなく、技術と感性の間を軽やかに行き来する姿勢だと感じます。技術が進化するほど、人間はより「人間らしい仕事」へと向かっていきます。その未来は決して悲観的ではなく、感性が本来の力を取り戻す希望に満ちた時代だと思います。
